先日、映画「風立ちぬ」を見てきました。
「風立ちぬ」といえば堀辰雄の小説を思い出しますが、この映画は関東大震災の前後の日本を生きた堀越二郎という青年の半生を描いたものであり、その婚約者に風立ちぬの主人公の婚約者・節子を重ねた物語です。追記ですが、映画での婚約者の名前は小説:菜穂子から、そして病院を抜け出すシーンも菜穂子からかも知れませんね。でも人物像はやはり風立ちぬの節子だと思われます。
宮崎駿さんは富士見町に別荘があり、風立ちぬの舞台となった「富士見高原病院」も近くです。そのことがこの映画を作る大きなきっかけではないでしょうか。
富士見高原病院には、今は取り壊されてしまいましたが、数年前まで結核療養所だった古い建物が残っており、古い資料や写真が展示されていました。
私も2,3回お友だちを連れて見学に行きましたが、この映画に出てくる建物や日光浴シーンは正にその時代の古い富士見高原病院を思わせます。
その時に沢山お話を聞かせていただきましたが、この療養所は結構なお金がかかり、裕福な家の人が多く入っていたようです。なので病院のお食事も良く、それでもそれに飽きた患者さんは諏訪の料亭へと食事に行ったそうですが、行ってみると料亭の食事より病院の食事の方が良かった・・・という話しもあったそうです。そして「風立ちぬ」や「月よりの使者」の舞台となり、ますます有名な人たちが療養にくるようになったそうです。また初代院長は正木不如丘 (まさき ふじょきゅう)という俳人でもあったため、詩人であり画家であった竹下夢二とも親交があり、結核で苦しむ夢二をここへ連れてきたそうですが、治療の甲斐なくここでなくなったそうです。命日の秋には竹下夢二展が富士見で良く開催されます。
話しは横道にそれましたが、小さいときから飛行機への憧れが強く、とても美しい飛行機にこだわった主人公・堀越二郎という人は、戦争に使う零戦を作ることをどう思ったのでしょうか。軍国主義の世の中ではそれも名誉と自然にうけとめたていたのでしょうか。宮崎駿さんは「堀越二郎も一人の日本国民としての戦争責任は背負っていますが、一人の技術者が歴史全体に責任を持つ必要はない。」また「そうやって、時代の中で精いっぱい生きた方がいい。これが良くてこれが悪いなんて、時代の中では誰も偉そうに言えないんですから」ともいっています。
そんな思いが、零戦を作っている映画なのに、その過酷さや悲壮感はなく、生き生きした主人公が美しく描き出されているんですね。
私はこの人に世界一美しく、快適に過ごせる夢の旅客機をつくらせてあげたかったと思うのですが、戦争知らない、軍国主義の教育を受けていない世代だからでしょうか。
「風立ちぬ、いざ生きめやも」
映画の随所に見られる自然の風景の描写は、ついつい八ヶ岳と重ね合わせてしまいました。そしていつもながら、背景の描写の美しさとリアリティーにアニメであることわすれてしまいました。
主人が富士見町の写真を撮ってきました。
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現在の富士見高原病院
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長野県 富士見駅 昔はこの駅から病院まで見渡せたそうです。
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病院へ向かう列車が必ず通る鉄橋はここでしょうか。今は使われていない鉄橋です。
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この鉄橋はいつ頃まで使われていたのでしょう。
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